祖父と祖母と、ときどきボク 〜浅草ノスタルジー〜

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浅草松屋から

2年前に亡くなりましたが、祖父は今やスカイツリーで有名になった東武鉄道で働いてました。

定年まできっちり勤め上げ、僕の母と母の姉の2人を立派に育てた整備工だったそうです。

祖父と祖母は東武線全線無料で乗車できたので、初孫の僕を連れて沿線のいろいろな所に連れていってくれました。

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寡黙で昔気質な男で、祖母も相当苦労したようです。一足先に逝った祖母に対して、「ワガママをさせてやれなかった」と葬式の後に悔やんでいた姿が印象に残ってます。

いつもは言葉少ない祖父でしたが、東武線に乗ると嬉しそうで、少し饒舌になる。そんな祖父と優しい祖母に挟まれて乗る電車が何より楽しみでした。

彼は祖母にワガママをさせてやれなかったと後悔していたようですが、そんなことは決してないでしょう。2人の娘に恵まれ、2人の孫に囲まれて幸せだったと思います。今頃天国で2人で旅行でもしていることでしょう。

真っ直ぐに延びるレールとそこを走る電車は彼の矜持だったのでしょう。日本を必死に支えてきた男が、自分の生業だった電車に孫と乗る。それは祖父にとってもこの上ない楽しみだったことは容易に想像ができます。

ありがたいことに僕の心の中には、3人で出掛けたたくさんの思い出があります。それはふっとしたときに頭に思い浮かんでは、僕を元気づけてくれる。

そんな3人で1番来たのが浅草。

小さい頃、屋上に子供騙しの遊園地があった松屋浅草はテナントもスタイリッシュに変貌。屋上からはモダンなスカイツリーが望めます。

当時松屋の屋上にあったパンダの乗り物などには目もくれず、お金を入れると巫女さんがおみくじをもってきてくれる自販機のような機械に夢中になっていたそうです。

少し気分が滅入ることがあると浅草に行きます。浅草はいい。

待乳山聖天

密かに人気のパワースポットの待乳山聖天様でいつもより多めに力をもらう。ここは「大根」をお供え物するちょっと変わったところ。

浅草を散策して小腹が空いたら、老舗並木藪蕎麦にふらり。木と畳に包まれながら、蕎麦に舌鼓。

相席したおやっさんがビール片手に蕎麦を食す姿、渋いなぁ。

蕎麦

と行った気になって妄想するの楽しいな。

前回行ったのはいつだっけ?

叶わぬ夢とはわかっているけど、また3人で浅草に行きたいよ。

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